そもそも全てのことに意味はない
どうもゆっくり更新、亀さんベインさんだ。ちょりーす
いやいきなり変な画像出たと思うでしょ?いやいやこれはかの鳥人間コンテストの一場面。
もう飛行機も飛んでる時代に、これなんの意味があるの?ってこと。
そう、そもそも意味なんて全く無い。そのものには。
子供の頃学校の勉強、将来意味ある?から始まり、皆誰もが意味を求めるのだ。
意味のあることを求めるより「何事にも自分で意味を持たしていくことが大事」なのだ。
たとえば休日に仕事を持ち込むこと、休日に思いっきり休んでその後の仕事の効率を上げること。どちらも休日に意味を持たすのは当人である。正解はなく、ベストマッチは当人によりけりだ。
私の恩師の言葉を借りれば、中古100円の本から何も生み出せない人間もいれば1億円生み出す人間もいる。
言ってしまえばカレーに福神漬けかラッキョウかの論争だって、めっちゃ無意味っぽいけど意味を持たすこともできる。
結局何が言いたいかって?
無意味なんてのはただの言い訳だ。何事も本気(本気と書いてマジと読む)でやれば意味はつけられる。
ボケっと何事もこなすな。意識的にこなせ。意味を持たせ生かせ。
ベインさんもそうやって生きてきたから、親無し貧乏中学生から経営者までのし上がれたよ。
良いことも悪いことも全て血肉にしてやるのだ。
ゴッサムより愛をこめて ベイン
筋トレ=無酸素運動?
筋トレは無酸素運動と無条件に思っている人が多いと思ってるベインさんだ!ニン!(伊東四郎並感)
まぁ有酸素運動と無酸素運動についての科学的説明は省くが(ググレカスというやつだ)
筋肉を付けていくっていうのには無酸素運動をせなばなるまいが、所謂筋肉を大きくしたり形を良くするという目的で主にやるわけだ。
筋力(運動機能)や筋持久力という意味でのトレーニングとしては全て無酸素に属するわけでもない。
ここでは前者を前提として話そう。
超簡単に言えば筋肉に酸素を供給しない運動ということなので
それだけの高負荷と筋肉の緊張が大事なのである。
バットや竹刀を持って100回素振りする時にはもちろんその時間中に呼吸をしながらやれるが、
きっと人間をお姫様抱っこして階段を上がろうとすれば息もうまくできず、全身緊張状態を維持することになり素振りほど長くできない人が多いだろう。
厳密にはちょっとズレてるけどイメージはそんな感じだ。
何が言いたいかっていうと
腕立て100回とか腹筋100回とかは有酸素運動域なので、ある程度のレベル以上から筋肉を大きくしようと思ったらちょっと負荷が足りん。
デカくなりたかったら負荷を求めることであーる。
当たり前過ぎて非常に退屈な記事になったことをここに謝罪する!
日本のゴッサムより愛をこめて ベイン
タイトルの【適者生存】とは?
ぬん!ぬん!ハロー!はてなブログ!ハゲキンだ!いや、ベインだ。
この【適者生存】というのをタイトルにしたことから書きとめるとしよう。
主によく使われる比喩表現で【弱肉強食】というものがある。
これは所謂、弱者は常に強者に喰われるから強く在らねばならず、無情な世界であるという主旨ではあると思うのだが
これはベインさん的には「その場の刹那的な意味」と理解している。
例えばもちろん檻の中でウサギとトラを戦わせれば弱肉強食の理であろう。
しかしこと自然界の大義、種としての目的としてひとまず【繁栄】としよう
そう考えた時に、力で敵わぬウサギも野生下では穴にも入って逃げ延びることもあるだろう
そしてトラよりも高い繁殖力で増えていけば、トラが捕食できた数より多く増え
種の生存競争としてはウサギの勝ちとなっていく。
人間が繁栄したこの世において、トラは多くの種が絶滅したりほぼ全種が危機に晒されているが
ウサギは特定の固有種は危機的であれど個体数や分布地域は多いのである。
これをもってして考えうることは
目的に対してどう物事を運んでいくか、私はそれを実行する力を【強さ】と言いたい。
強か(したたか)というと意味合いはフィット感あるねえ。
受験だって、頭の良い人間よりもテストの点の取り方が上手い奴が生存し
格闘技も、ただ強い奴ではなくそのルールの立ち回りがうまい奴が生存する。
会社を大きく経営して一気に破綻する人もいれば、小さくても何十年続いていくところもある。
無常な「弱肉強食」に対して「適者生存」は単純な力の弱者(腕力でも財力でも知力でも)にも希望がある
素晴らしい言葉だと思わないか?
自分の適正を理解し、自分のやり方の正解を見つけ出す必要があるのだが、それの話またの機会にしよう。
ホオジロザメが強すぎる故に古代から進化をしないことに対して
弱者である人間は適者生存の理をもって今は地球上の覇者の地位に在る。
古来から【進化は弱者の特権】であるのだ。
日本のゴッサムシティより愛をこめて ベイン